青年海外協力隊の話

【青年海外協力隊】元青年海外協力隊が語る「ボランティア精神」とは?

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YOSHI@
YOSHI@

こんにちは。YOSHI@です!
この記事は「青年海外協力隊興味のある方」「協力隊のボランティア精神について気になる方」に読んで頂きたい記事となっています。

 

 

今回は”青年海外協力隊の話”という事で、「僕の考えるボランティア精神」についてお話をしたいと思います。

 

 

【僕の情報】

Twitter(@yoshiswim05
大学(びわこ成蹊スポーツ大学)卒業後 ▷ 教員として勤務 ▷ 青年海外協力隊、アイルランドへワーキングホリデーなど計3年半の海外生活を経験した後、地元沖縄にて水泳のインストラクターとして働きながらブログを運営しています。
 
 
 
ボランティアとは?
自らの意志により(公共性の高い活動へ)参加する人のこと、またはその活動のこと。特に日本語としてのボランティアは一般的に、社会への奉仕(チャリティ)に際して用いられることもある(Wikipedia参照
 
 
 
YOSHI@
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自分の意志+無償で何かをサポートを行うことがボランティアであり、そのような奉仕の心・意識をボランティア精神と呼ばれます。

 
 
 
元青年海外協力隊として2年間、発展途上国と呼ばれる外国でボランティア経験のある僕が考える「ボランティア精神とは?」についてお話をさせていただくことで、ボランティアについて興味のある方・青年海外協力隊が気になる方の参考になれば嬉しいです。
 
 
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1:元青年海外協力隊が語る「ボランティア精神」とは?

「ボランティア精神=誰かに個人の意思で無償でサポートをする心(自己満足)」であることを理解する必要があると考えます。

 

あくまで個人の意思で無償でサポートを行う事がボランティアである為、サポートする側がされる側からの見返りを求めることは100%間違いです。そのためボランティア活動をしておきながら返しがない事に関して文句や苦情を感じてしまう人はボランティアを行う意味は無いと僕は感じます。

 

 
 
しかし、無償で誰かのサポートをするを見返りを求めないことがボランティア活動であり、ボランティア精神でありますが「結果的に自分の為になる」ものがボランティア活動ではないかと考えています。

 

 

ボランティアとは「自らの意思で誰かのサポートを行う」ことと定義されていますが、たとえサポートを行う側であったとしても、その行動(ボランティア)から必ず得るものがあると思います。

協力隊での経験は、「途上国に発展のサポートを行う事」を目的に活動を行っていましたが、僕自身「途上国の彼らにしてあげたことよりも彼らからしてもらったもの・得たもの」の方が多いと感じたことから「結果的には自分の為になる」と考えています。

 

 

YOSHI@
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一見すると、「恵まれた方が恵まれてない方へ」「力があるものが無い方へ」など一方的なサポートをするイメージはありますが、そうでは無く「状況は違えどお互いにそれぞれの方面からお互いに支え合っている状態」がボランティアにはあると僕は考えています。

 
 
 
生まれながらに奉仕の精神のある方は、「心から誰かを助けたい」と感じ行動に移すため見返りなどを求めることは無いかもしれません。しかし、多くの人間はそうでは無くやはり何かしらの見返りを求めたくなるものだと思います。
 

「目には見えないもの」かもしれませんが、必ずボランティアを行った方にも得るものがあると考えると、見返りを求める感情も無くなると思います。

 

 

YOSHI@
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世の中の多くが「損得勘定」で回っているかもしれませんが、僕は損得勘定だけで物事を考えない部分が世界にあってもいいのかな?と感じています。

 

 

「自分の力を使ったら誰かを助けることが出来た」

 

「自分の知恵を使ったら誰かが笑顔になった」

 

 

決して利益などは発生しないかもしれませんが、「誰かの笑顔」や「ありがとう」という感謝の言葉で自分自身が幸せになり「幸せにしてくれてありがとう」と思える活動こそが、ボランティアであると僕は考えます。

その為、ボランティアに決められた形は無く「自分自身の持っているものを使って誰かを助けたい・笑顔に出来る方法とは?」と考えることからボランティアはスタートしているのではないでしょうか?

 

 

あれこれ理由をつけて行動を起こさないより「コンビニのレジの横にある募金箱にお釣りの一部を入れる」や「街で困っている人に”大丈夫ですか?”と一声かける」の様な小さな行動でも起こしていくことが大切だと感じます。そして、その1歩が大きく変わる1歩だと僕は信じています。

 

 

修道会「神の愛の宣教者会」の創立者であり、ノーベル平和賞受賞も受賞したマザー・テレサは生前以下の言葉を残しています。

 

It is not how much we do, but how much love we put in the doing. It is not how much we give, but how much love we put in the giving.

-大切なのは、どれだけ多くをほどこしたかではなく、それをするのに、どれだけ多くの愛をこめたかです。大切なのは、どれだけ多くを与えたかではなく、それを与えることに、どれだけ愛をこめたかです- マザー・テレサ

 

 

 

YOSHI@
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きっと僕が青年海外協力隊として途上国でボランティア活動を行い「与えたことよりも与えられた事が多く感じた」理由は、現地の方たちから多くの愛をもらえたと感じているからかもしれません。

 

 

マザー・テレサの言葉からも、ボランティアをする側もされる側も「お互いの事を考え”ありがとう”の感謝の気持ちと、お互いを愛する気持ち」を持つことが凄く大切で、文句や批判が最初に絶対に来るべきではないことは確かです。

文句や批判などの言葉を並べる前に「出来る行動を起こす」ことから始まる世界になってほしいと強く願っています。また、自分自身も「自分が出来る事」を行動として起こせるような人間でありたいと思っています。

 

 

 

元青年海外協力隊員として:
現在、世界中の現役で協力隊をされている方に「現地で出会う人たちに最大限の愛」を持って接して欲しいなと凄く感じます。文化の違いなどから思うように物事がうまくいかず、不満を漏らしたくなることもあります。しかし不満や文句を漏らしたから物事が変化することなどほとんどありません。どんなことがあっても自分自身が持てる「最大限の愛を与え、努力を行う」ことで、文化・言語などが違うとしても彼らに思いは伝わります。そして彼らから最大限の愛をもらう事が出来ると思います。(僕がそうだったから)

「今自分に出来る事」を常に意識しながらボランティア活動・自分自身の成長に繋げていただければと思います。

 

2:それぞれが出来ることを行動に起こすことが大切

今回は「僕の考えるボランティア精神」についてお話をさせていただきました。

 

 

YOSHI@
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いかがだったでしょうか?

 

 

今回の記事はあくまで僕個人的な考え方なので、読んでくれている方全てが同じ考えを持っているとは考えてはいません。ただ、「人が人を助け合う・支えあう」という事は時代がどんなに移り変わっても変わることない大切なものであると僕は感じています。

 

それぞれやり方・形は違うかもしれませんが”損得勘定”がない「単純に自分が出来る事」を誰かのために行動できる世界がこれからもっと広がってくれるといいなと思います。小さなことでもいいので「何か自分に出来ること」を始めてみませんか?

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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それでは
YOSHI@

 

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