僕のエチオピアでの活動 -My activity in Ethiopia-

青年海外協力隊の話

こんにちは。YOSHI@です!

今回は、「僕がエチオピアでどんな活動を行っていたか」をテーマにお話ししていきたいと思います。

 

以前の投稿で、僕が海外青年協力隊でもどちらかというと珍しい体験をしている隊員の一人だという事をお伝えしたと思いますが・・・そうなんです。

協力隊として最初に派遣された国はアフリカのエチオピア当初は隊員の終了を迎えるのがエチオピアではなくカンボジアとは夢にも思っていませんでした。

なぜ移動することになったのかザックリ言いますと(いつかそれだけをテーマにした記事を書こうと思っています)単純に活動が無かったから。。。

それだけを書くと、協力隊って「実際派遣されたらやることが無い」というパターンなんてあるあるじゃないのか?とか「無くても自分で活動を見つけるんじゃないの?」とか思う方もいらっしゃると思います。その通りだと思います。

そして、自分自身エチオピアで出来る事を探しながら活動をしていました。”無いなら無いなりに”と思って(笑)

 

ただ、一人の人間として、当初自分がやりたかったことは何なのか?と自分と見つめ合うなかで、

今”エチオピアにいる必要がない”と判断できました。

あとせっかく挑戦しようと決めた2年間に”後悔をしたくない”という理由もあり…
また、JICAとしても、任国を変えることを許可できる状況だということで、現在、カンボジアで活動を行う事が出来ています。

 

僕の様な状況の隊員さんは世界各国必ずどこかにいるかと思います。僕は凄く運に恵まれ助けてくれる方が沢山いてくれたため、国を変更という決断が出来ましたが、おそらく通常なら「我慢をし続けたり」「任期を短縮」される隊員さんもいらっしゃると思います。

またこれから協力隊を目指そうと考えている方にも、必ずしも協力隊の活動が自分の想い描いている理想通りに行くとは限らない(自分の理想以上の事をすることが出来たと言う隊員さんも少ないですがいます。) という事と、諦めなければどうにかなるという事を伝えたいな。と思い、今回、エチオピア時代の活動を紹介したいな。と思いました。

1:正規の活動の状況は?

協力隊に合格すると、各隊員さんに”要請書”という「どういうところで活動を行うのか」「その国でやって欲しい事」とか「相手国側が求めている事」などが記載された書類が渡されます。

 

僕が貰った”要請書”の内容は・・・
メインが「競技力向上」で出来るなら「普及活動」みたいな感じでした。

そして、エチオピアに到着し(それまでにも色々ありましたが)実際、配属先(職場)に行ってみると、プールは壊れて使用が出来ない状況。
配属先としては、直ぐに工事をして直すからそれまでの間、車で30分程度の場所にあるホテルのプールを使い練習をやってくれという事でした。

そういう状況になってくると、ホテルのプールへの移動手段の確保やプール使用料の問題が絡んできて、週1、2回練習出来ればいい方で、無い時は1か月丸々練習がないといという事も何度もありました。
配属先がプールの使用料を数か月滞納し、施設側から「もう来ないでくれ」的な事を言われた事件などもあったり・・・(笑)

<数少ない練習風景>

なので、1年間エチオピアで活動させてもらってましたが、実際活動出来た回数は30回以下だったと思います。(大げさではないです)

配属先からは、水泳の練習以外の仕事(事務作業など)は特に希望されていなかったので、特にやることも無く、もはや僕の場所(部屋とか机とか)も用意はされておらず、練習が無くても配属先に居座るという事も出来ませんでした。

つまり絵にかいたような協力隊あるあるの「行ってみたらやる事無い」隊員でした。

2:どんな人たちと活動していたの?

僕の活動は、カウンターパートと呼ばれる同僚で、現地人コーチ(40代ぐらい)一人と、選手10人程度で行っていました。

この現地人コーチはもともと警察官だったらしく、ある日事件に巻き込まれ左足を失い、警察を続ける事が不可能になり水泳のコーチになったという悲しい過去を持っていて、左足が股下から完全に無い状況でした。ただ全然元気だし、歩けました(松葉杖を上手く使っていました)
そんな彼なんですが、なかなかの曲者で最後の最後まで僕の悩みの原因の一つでした。(詳しくはいつかお話します)

 

選手達もエチオピア各地からあつめられた子供達(13~19歳)で、施設から食費・宿泊費・給料が支払われているという好条件の元、スポーツをしていました。

水泳のレベルとしては、日本の小学生程度でしたが、練習がある時は、彼らと練習をしていました。

<唯一撮った集合写真>

3:正規の活動がほとんど出来ない状況でやってみた事

なかなか正規の活動が出来ない状況だったので、この状況をどうにかしなければ!と思い色々動いてみました。

・水泳連盟にアプローチ

僕の配属先は水泳連盟では無かった為、水泳連盟にアプローチをかけて活動を作れるのでは?と思ったので、水泳連盟へ・・・

行ってみると誰もいない。ほかのスポーツの連盟の人に話を聞いてみると、「来ても無駄だよ」と言われ。。。

その理由としては当時、リオデジャネイロ・オリンピック後のタイミングで、そのオリンピックにエチオピアから水泳競技にでたある男性選手が、不正を行いオリンピックに出場したらしく、国民から大ブーイングを貰い水泳連盟は無期限の活動を自粛をしていました。(それはオフィスに人がいないはずだ)

というわけで、水泳連盟にアプロ―チという選択肢が消えました。

・水泳用プールを求め地方へ

僕のエチオピアでの配属地が首都のAddis Ababaでした。色々情報を集めたんですが、Addis Ababaで娯楽としてではない水泳を行っているのが僕の配属先以外無い感じだったので、逆に地方に探しに行ってみては?と思い。南の方の地域(湖とかあるので水源がある)に調査しに行ってきました。

<南のハワサという町>

結論から言うと、スポーツとして水泳が出来る場所はありませんでした。そしてスポーツとして水泳を行っている人もほぼ0な状況でした(3人ほどやってるとの情報はありましたが、実際見る事はできず・・・)

 

因みに他の地域は、当時安全上の理由からJICAとして渡航が禁止されている場所が多く、凄く水泳が盛んだと言われている地域には足を踏み入れる事すらできませんでした。

また、渡航が可能な北の地域(乾燥地域)のスポーツ省などに問合せを行ったところ、「生活するための水も困ってるのに、どうやって水泳をするんだ?」的な答えが返ってきました。(確かにそうだ)

・急にやってきた活動の機会

正規の活動もほとんど無く、地方に移動も出来る状況ではなくどうしようか。と思っていたところ、水泳のセミナーをやるとの情報が入ってきて、参加!(技術指導をすることに)

1週間の結構長めのセミナーでエチオピア全土から参加者が集まり水泳の知識・技術を教わりました。僕も久しぶりに人に水泳を教える事ができ活動自体は凄い満足でした(生活面はネタになる程、最悪だったのでまた今度紹介します)

その時感じたことは、エチオピアにもこんなに水泳に興味を持ってくれる方がいるんだな。と思ったこと。ほんとにそれは嬉しい出来事でした。

<集合写真:ばらばら感がエチオピアぽい>

 

ただ、年に一回あるか無いかのセミナーらしく、継続的に行っていく事はできませんでした。

色々やってみたり、参加してみたりしましたが、どれも結局は軌道に乗せる事が出来ず・・・ という感じでした。

4:唯一軌道に乗った(乗れそうだった)活動

全く活動が無く、色々自分なりに考えて動いてみて、一つだけ軌道に乗りそうだった活動がありました。それが「普及活動」
序盤の方でお伝えした要請書内に「普及活動」も入ってたな。と思い挑戦。内容は…

”自分で水泳をテーマにした絵本を作り幼稚園などで読み聞かせをする”というもの。

<読み聞かせ中の様子>

実際にプールに連れていくなどほんとは凄くしたかったのですが、あくまで個人でやった活動だったので、予算とかも一切なく、出来る範囲でやるというものでした。(いつかこの活動についても詳しくお話したいと思っています)

プールは無かったですが、絵本の読み聞かせ+子供達にいくつか水泳用品を触る時間を作り実際に手に触れ、感じてもらうようにした結果、子供達の食いつきは凄く良くてやってよかったな。と全部で3回実施しましたが、全ての回で感じる事が出来ました。

<ゴーグル装着体験したり>

将来的にエチオピアで水泳がもっと身近なものとなって欲しいな。と思っています。

こんな感じで、当初の予定とは大分違う、活動をエチオピアでは行っていました。今はこれはこれでよかったんだな。と思っていますが、当時は活動できない焦りとか、不安とかがもの凄くありました。そんな中で、自分が出来る事を探してはやってみてを繰り返して、一応絵本の活動まで辿りつくことが出来ました。

<子供の笑顔に沢山救われたエチオピア生活でした>

 

結果として、今カンボジアに移動することが出来て、毎日エチオピアの時とは真逆の生活を送らせてもらっています(1日中プールにいる)が

エチオピアの時があったから今、多少辛いことがあっても頑張れている自分がいるのも事実です。

本当に、協力隊生活何が起こるか分からないです。

 

※このブログに書くにあたり、どう書いていく方がいいのか?正直悩みました。エチオピアでの生活を語る際にやっぱり「活動が無かった」という話がメインになってしまいます。僕の考えとしては「大変だったね。かわいそうだね」という事を感じて欲しいわけではなく、あくまで1人の協力隊員の例として、今活動に行き詰っている協力隊の方や、これから協力隊を目指そうと考えている方の参考になればと思い、ありのままお伝えさせて頂いています。

正直、大変なことも、悩んだ事も沢山ありましたが、僕はエチオピアで過ごした1年間に無駄だと感じた事は1度も無く、エチオピアで生活出来てよかったな。と心から感じています。

先ほども書かせて頂きましたが、協力隊生活「何が起こるか分からない」です。けど、「諦めなければ必ずいい方向に進む」ということが、僕自身身を持って体験することが出来ました。なので、このブログを読んでくれた方の励みなどに少しでもなれば凄く嬉しいです。

 

 

今回は「僕のエチオピア時代の活動」についてご紹介させて頂きました。ザックリとした部分が多かったりと、わかりにくい部分も多くあったかもしれませんが、読んでくれた方の何かしらの力になってくれれば幸いです。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

それでは。
YOSHI@


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