青年海外協力隊の話

【青年海外協力隊】最初で最後の水泳隊員?エチオピア水泳隊員の活動について

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今回は”青年海外協力隊の話”という事で、「エチオピア水泳隊員の活動」についてお話します。

 

【僕の情報】

Twitter(@yoshiswim05

大学(びわこ成蹊スポーツ大学)卒業後 ▷ 教員として勤務 ▷ 青年海外協力隊、アイルランドへワーキングホリデーなど計3年半の海外生活を経験した後、地元沖縄にて水泳のインストラクターとして働きながらブログを運営しています。

 

 

青年海外協力隊、水泳隊員として東アフリカにある国エチオピアへ派遣された僕でしたが、エチオピアで起こったいくつかの問題などにより最終的には東南アジアのカンボジアへ移動(任国変更)することになります。

さらに詳しいエチオピア⇒カンボジアへの移動(任国変更)については別記事『【青年海外協力隊】協力隊としてレアケース”任国変更”の経験をお話します。【協力隊に興味のある方必見】』をご覧ください。
 

 

YOSHI@
YOSHI@

協力隊に派遣される当初は、最終的にカンボジアにたどり着くとは夢にも思っていませんでした。

 
 
エチオピアを離れることになった最大の問題が「活動を行う事が出来なかった」という事だったのですが、エチオピアに滞在中には「少しでも、自分に出来ることはないか?」と日々模索・奮闘する毎日でした。
 
 
協力隊員として高いモチベーションの維持も継続を試みたものの最終的には「今の自分に水泳隊員としてエチオピアの為に出来ることがない」と判断しカンボジアへの移動を行いました。

 

最終的にはカンボジアへ移動してしまったのですが、エチオピアでは「エチオピアなりの・僕が出来る精一杯の活動」を行ってきましたので、今回はエチオピアで僕が行った活動についてご紹介させて頂きます。

 

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エチオピア水泳隊員の活動についてお話します。

年海外協力隊、エチオピア水泳隊員として行った活動などについて以下にご紹介していきます。

 

1:エチオピア水泳隊員の目標・活動先の様子

年海外協力隊に合格した際に、各隊員さんに要請書と呼ばれる「自分のが派遣される国の状況・活動先の状況・ボランティアに求められていること」などが詳しく書かれた書類を受け取ります。

 
 
 
僕が頂いた要請書の内容:
水泳の競技力向上をメインにしながら水泳の普及活動も行っていくような内容でした。

 

しかし実際エチオピアに派遣され、現地の僕の活動先となる場所へ確認をしてみると...「活動先にある水泳用プールは故障し使用が出来ない状況」でした。

※活動先としては早急にプールを修理することを約束。修理が終わるまでの間、車で30分ほどかかるホテルに併設されるプールでの練習を行う事になります。(結局、プールが修理されることはありませんでした)

 
 

別の施設を利用することになりましたが、「移動手段の確保(選手たちの)」「プールの使用料の支払いの問題」などが発生したことにより、多い時で週1.2回・最悪な時には1カ月に1度も練習が無い状況が続きました。

 

 

<数少ない練習風景>

 

YOSHI@
YOSHI@

結局、エチオピアに滞在していた1年間の間で、プールで活動できた回数は30回以下だったと思います。

 

また活動先から水泳指導以外の仕事を求められず、活動先のオフィスなどには僕の場所(机や椅子など)も無く、言葉通り「やることがない」状態でした。

 

YOSHI@
YOSHI@

絵にかいたような協力隊あるあるの「行ってみたらやる事無い」隊員でした。

 

2:活動を共に行う人達の様子

の活動は:

  • 現地人コーチ・僕のカウンターパート(40代)
    僕のカウンターパートとなる、この現地人コーチの過去の職は警察官。
    しかし警察官であった当時、事件に巻き込まれ左足を失い警察を続ける事が不可能になったことから水泳のコーチになったという悲しい過去の持ち主で、左足が股下から完全に無い状況でした。
  • 水泳選手10人(12歳~20歳)
    エチオピア各地からスカウトされあつめられた子供達で、施設から食費・宿泊費・給料が支払われているという好条件の元、スポーツを行っている。

 

以上の方たちと普段活動を行っていました。

 

 
 

僕が指導していた選手たちの水泳のレベルは日本の一般小学生程度でそこまで高いレベルのものではありませんでした。

また、ほとんど練習を行う事が出来なかったため選手たちと顔を合わせる機会も少なかったのですが、彼らと会う際には「ヨシ、ヨシ」と関わってくれました。正直100%の信頼関係は気築くことは出来ませんでしたが、選手達の事は凄く大事な存在でした。

 

<エチオピアの選手たち>

 

3:正規の活動以外に行っていたこと

規の活動がほとんど機能していない状況が続いたため、「現状の打破」を図るため自分なりに行動をしてみたことがいくつかありますので以下にご紹介します。

 

・水泳連盟にアプローチ

の活動先は水泳連盟が管轄している施設ではなかったため、「水泳連盟にアプローチをかけてみては?」と考え水泳連盟へ...

 

しかし当時のエチオピア水泳連盟では、2016年時に行われたリオオリンピックの際に出場したエチオピア代表水泳選手が、不正にオリンピックに出場したのでは?などと疑惑をかけられ国民から大ブーイングされ、無期限の活動自粛が行われていました。
 

 

YOSHI@
YOSHI@

水泳連盟のオフィスを訪ねても誰一人として人がいない状況であったため、「水泳連盟へアプローチをかける」という方法は選択肢から消えてしましました。

 

・水泳プールを求め地方へ

のエチオピアでの活動拠点はエチオピア首都、Addis Ababa(アディス・アベバ)という事もあり、「Addis Ababa(アディス・アベバ)以外の地域で水泳にアプローチできる場所を探す」ことも行ってみました。

 

エチオピアの地図上から水源が豊富な南部地域を中心に一人で聞き込み調査などを行い「水泳プールを探す活動」を行いましたが、残念ながら活動に繋がる・活動の拠点として最適な場所は見つけることはできませんでした。

 

<南のハワサという町>

 

※エチオピアの中でも水源確保が困難とされる北部地域にも一応聞き込みを行っては見ましたが、「生活するための水も足りてないのに、水泳なんて出来るか」と一刀両断されてしまいました。

 

 

YOSHI@
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首都以外の地域の状況を確認することにより「エチオピアで水泳の活動を行う事の難しさ」を強く実感しました。

 

・水泳指導者研修会の講師

がエチオピアに滞在中に1度だけ「水泳指導者を対象とした研修会」が行われるという事で、講師として参加しました。

 

主催は活動を自粛していた水泳連盟が活動を少しずつ再会するにあたり企画された研修会で、参加者はエチオピア全土から集められた水泳のコーチ達(自称もいます)。期間も1週間と長期の研修会で、水泳に関する知識・技術の勉強をしっかり行いました。

 

YOSHI@
YOSHI@

僕はこの研修会の技術(実技)の講師として参加しました。

 

参加者の方たちは皆さんまじめに、研修に取り組んでくれて僕も参加者も満足の行く研修会になったと感じました。また「こんなにも水泳に興味を持ってくれる人がいる」と感じることが出来た週刊でもあり、僕個人として凄く嬉しかったです。

 

<研修会の様子>

 

定期的に行われれば、エチオピアの水泳の発展に大きく貢献されそうな研修会であったと感じますが、「予算の問題」や「水泳連盟側の問題」などから年に1度開催することが限界のようで、僕がエチオピアに滞在中に再度研修会が行われることはありませんでした。

このエチオピアで行われた水泳セミナーについてのさらに詳しくお話は別記事『【青年海外協力隊】最初で最後のエチオピア水泳隊員?エチオピアで突然行われることになった”水泳セミナー”に参加してきました。』をご覧ください。
 
 

 

4:唯一、上手くいった活動

チオピアでの活動は「試行錯誤の繰り返し」という言葉がよく似合うような活動ばかりで、なかなか思うような結果に繋がることはありませんでした。

 

しかし、1つだけうまくいったと僕自身が感じている活動が「普及活動」でした。

 
 
エチオピアに赴任をしてからずっと「競技力の向上」ばかりに目を向けて活動を行っていたのですが、いくつかの行動を起こしても全く手ごたえがない事などを踏まえた結果「普及活動」の部分にも目を向けてみようという事で普及活動を始めることになります。

 

 

普及活動の主な内容:

自分で水泳をテーマにした絵本を作り幼稚園などで読み聞かせをする

 

<読み聞かせ中の様子>

 

15分程度で読み聞かせが出来る絵本を子供たちに読み聞かせた後、実際に水泳用品(水着・帽子・ゴーグルなど)を紹介し実際に触ってもらうことを行いました。

 

実際に子供たちをプールに連れて言ったりしたい思いは強かったのですが、あくまで僕個人で勝手にやっていた活動であったため、使える予算なども一切なく出来る範囲での活動でしたが、子供たちの反応は思っていたよりもよく「やってよかったな」と思える活動となりました。

※結局この普及活動は全3回行う事が出来、もしカンボジアに移動することが無ければこの活動で規模を拡大し活動を行う計画を立てていたほどでした。

 

<ゴーグル装着体験>

 

YOSHI@
YOSHI@

エチオピアで水泳がもっと身近なものとなって欲しいと思います。

 

エチオピア水泳隊員として得たもの

回は「エチオピア水泳隊員の活動」という事でお話させて頂きました。

 

YOSHI@
YOSHI@

いかがだったでしょうか?

 

当時も、協力隊が終わった今でも「エチオピアでの活動は苦しい・険しい活動ばかりだったな」と感じています。しかし、当時多くの問題がありながらも「諦めず自分が出来ること」を見切り発車でも行えたことに凄く自分を誇りに感じています。

 

 

他の隊員さんが順調(普通)に活動が行えていることに焦りや不安を抱いたことも何度もありましたが、その経験があったからエチオピアでの水泳の普及活動(絵本の読み聞かせ)や最終的に移動することになったカンボジアでの活動に繋がったと考えていて「苦しかったけどこれでよかったんだ」と思えています。

 

<子供の笑顔に沢山救われたエチオピア生活でした>

 

「辛い・苦しい時期を乗り越えたから次のステップに繋がるし、頑張れるんだ」とエチオピアの水泳隊員の活動を通して感じています。そしてエチオピアで経験した出来事は僕の「今後の人生にも活かされる経験」であり「かけがえのない思い出の1つ」であると自信を持って言えます。

 

青年海外協力隊として発展途上国での活動・生活は「何が起こるか分からない」です。

しかしどんなことが起こっても「諦めず自分が出来ることを行い続ければ必ずいい方向に物事は進む」ということが身を持って体験することが出来ました。そして、現在協力隊として日々奮闘している方・これから協力隊を志す方など、多くの方がこの記事が参考になれば凄く嬉しいなと思います。

 
 

※このブログに書くにあたり、どう記事を構成していく方がいいのか?正直悩みました。エチオピアでの生活を語る際にやっぱり「活動が無かった」という話がメインになってしまいます。僕の考えとしては「大変だったね。かわいそうだね」という事を感じて欲しいわけではなく、あくまで1人の協力隊員の例として参考にしていただければ幸いです。

 

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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それでは。
YOSHI@

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